秩父札所十三番住職 南泉和尚

南泉和尚のブログ

マザー・テレサ

2022年3月4日

昔、インドに行ったことがあります。

もちろんインドはどんどん変わってきているので、きっと今のインドとは違うと思います。

私が行ったのは本山から下りて次の次の年ですから、20代の後半、それから30代の後半にも行っております。

 

どちらもすごく印象的だったのですが、強烈に覚えているのが2回目のカルカッタ、現在のコルカタです。

当時、インドは今よりも貧富の差が激しくて、街角には物乞いをする方もいらっしゃいました。

一方では大きなビルもあって、本当に日本では考えられないぐらいの貧富の差がありました。

そういった、貧しい子どもたちや、病気だけれども手を差し伸べてくれる人がいない方々を集めて、その生活を支援していたのが、有名なマザー・テレサです。

 

私たち日本仏教保育協会の若いメンバー10人は、マザー・テレサが運営している施設の中でも、子どもが集まっている施設を訪問いたしました。

子どもが集まっているといっても、幼稚園や保育園というものではなく、療養の施設です。

そして、私たちが案内された部屋に入ろうとした時、動けなくなってしまった人がおりました。

子どもたちの様子が想像以上に重かったからです。

 

3歳までの栄養失調というのは、本当に重大な影響を子どもたちに与えてしまいます。

つまり、脳が育たないのです。

体は育ってきますが脳が育たないために、歩くことができず、ずっと寝たきりです。

当時のインドの貧困が子どもたちに与えた影響というのは、ものすごいものがありました

 

マザー・テレサは子どもからお年寄りまで、さらには本当に亡くなる寸前までの人々を多くサポートしたということで世界的に有名ですし、いろいろな賞も受けています。

そんな彼女は「いつもどういうことを考えているのですか?」と聞かれて、「いつもお金のことを考えています」と言いました。

「どうやってあの子たちを、あの人たちを支えればいいか。施設にはお金が足らないから、どうやってお金をつくっていけばいいか」ということをいつも考えていたそうです。

 

ある時、飛行機に乗ると、席が空いていても機内食が用意されており、その機内食が残ってしまうということに気が付きます。

そして、残った機内食は捨てていると知ったマザー・テレサは、残った機内食を施設で使えるように交渉したそうです。

つまり、自分のためではなく、「ほかの人たちのために、施設の運営のために」ということをいつも考えていたわけです。

 

そのように、さまざまな行動をしたマザー・テレサですが、彼女の言葉が、いくつも残っております。

その中でも、私が大切にしているのは「私は平和を望んでやまない。しかし、平和運動には参加しない」というものです。

 

「運動や戦いになってしまうと、相手を倒すということになるから、本当の平和にはならない」という意味だと、私は解釈しております。

平和は祈るけれども、運動には参加しないというわけです。

 

今、地球をしっかりと残していこうという、環境問題に関するさまざまな活動があります。

しかしそれが「運動」になってしまうと、もしかしたらその趣旨とは違ってくるのかもしれません。

マザー・テレサの言葉を思い起こすたびに、そのような思いを抱いております。

 

毎日の生活の中で、自分ができることを、ほんの少しでもいいから精一杯やるということが大切なのだろうなと感じております。