御堂の修復

明治11年の火事の後、御堂の修復に22年かかったのには理由が2つあります。

1つは途中でお金がなくなったこと、もう1つは御堂の彫刻です。

御堂にはものすごく手の込んだ彫刻を施していて、そこにやはり時間とお金がかかりました。

ですからこの御堂には、本当に明治の人たちのいろいろなご苦労が詰まっています。

 

その当時の住職は、お金がなくなったので「どうしよう」と知恵を絞りました。

当時、秩父で一番お金を作りやすかった方法は、養蚕です。

お蚕を飼ってそれを買ってもらい、その資金をこの建物に充てたわけです。

そのために時間がかかったのです。

 

御堂の天井には、井上甲山という、当時の秩父を代表する日本画家が絵を描いています。

法要がなければ御堂に上がっていただいて結構ですから、お参りに来られましたら、ぜひ井上甲山さんの絵や、この建物の彫刻をじっくりと見て、感じてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

前の記事

2度の火事

次の記事

経蔵と輪蔵