秩父札所十三番住職 南泉和尚

南泉和尚のブログ

お墓参りの心得

2021年10月12日

「お墓参りをどうすればいいんでしょうか?」
「お墓参りの作法みたいなものがあるんでしょうか?」

という質問をいただきますが、基本的にはあまりそういったことにこだわる必要はありません。

お花を供えて、お水を入れて、そしてそれぞれが心を込めてお線香をお供えしていただければ、あとはゆっくり手を合わせる、これで十分なのです。

 

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、お墓はお塔婆が大事です。

お塔婆は先端が丸くなって側面が削れていますが、頭の部分がすごく大事でございます。

お釈迦様が亡くなられて荼毘、つまり火葬されたのですが、火葬された後に、そのお骨をお釈迦様を慕っていた8つの種族の方々が分骨をして、それぞれにお墓を建てました。

そのお墓の上が丸くなっているのですが、それを「ストゥーパ」と言います。

これが中国にまず伝わり、また日本にも伝わってくるのですが、その過程で「ストゥーパ」が「卒塔婆」になっていくわけです。

ですから、もともとはお釈迦様のお墓そのものを表していたわけです。

 

お墓は、時代とともにいろいろと変化してきています。

日本では、昔は「何々家のお墓」というものはありませんでした。

よく考えてほしいのですが、江戸時代までは苗字がないわけですから、苗字がなければ「何々家のお墓」というものは成り立ちません。

武家や庄屋さん、名主などの人たちには苗字帯刀を許されているわけですが、それ以外の人たちにはないのです。

 

ですから、どういうふうにお墓があったかというと、戒名が掘られているお墓がボーンと建っていたのです。

あとは、基本的には土葬です。

「何々家のお墓」になってから、実はまだ150年ぐらいしか経っていないのです。

そういう意味で、お寺やお墓といったものは、時代によってどんどん変わってきています。

 

お墓参りをする時は、もちろんご自分の家のお墓も大切ですが、ほかにもたくさんの方のご先祖様がいらっしゃいます。

そういう方々も含めて、みんな御供養をするというつもりで手を合わせていただけるとありがたいです。

 

慈眼寺には、朝よくお墓参りに来る人がいるのですが、その方は慈眼寺のお檀家さんではありません。

自分のお墓はほかのお寺にあるのですが、「この人は世話になった人」「この人も世話になった人」と、何軒もお墓参りをしていくのです。

これはすごく大切なことなのです。

 

自分のお墓はもちろん大切なのだけれども、多くの方のお世話になって私たちが今この大宇宙に生きているわけですから、そういう身近なところでできる供養、広い心の供養というのをお墓参りの時にしていただけたらありがたいです。

お墓参りのやり方、作法というよりは、そういう気持ちの方が大切なわけです。

 

やり方はあなた流でいいのです。

しかし、気持ちは広く大きく、これが毎日をハッピーにする、みんながハッピーになる1つの心構えとなります。