なにげなくやならい

禅宗本山の生活では、日常のあらゆる行いにお経を唱えます。例えば、お風呂に入る前は、「沐浴身体(もくよくしんたい)当願衆生(とうがんしゅじょう) 心身無垢(しんじんむく) 内外光潔(ないげこうけつ)(入浴するときは、多くの人々が、心と体が清らかで光り輝くようにと願い沐浴します)と唱え、浴場のご本尊である跋陀婆羅菩薩(ばつだばらぼさつ) に三拝してから入ります。出るときも三拝します。

 

夜寝るときは、「昏夜寝息(こんやしんそく) 当願衆生(とうがんしゅじょう) 休息諸行(ぐそくしょぎょう) 心浄無穢(しんじょうむえ)(夜寝るときは、多くの人々が、あらゆるはからいをやめ、煩悩を解き放ち心を清らかにするように願い就寝します)」と自分の寝る布団に向かって三拝して床につきます。

 

食事にも細かな作法があり、お経を唱えます。そして食事そのものも成道(じょうどう)のためにいただくのです。口を漱ぐときも、トイレに入るときも、日常のありとあらゆる事に願いが込められています。自分自身のためだけでなく、あらゆる人々のためにと願い、行じるのです。

 

道元禅師は、日常生活そのものが修行であり悟りであると示され、すべての行いが禅そのものであるとお諭しになりました。坐禅をしている時だけが、禅ではなく、読経しているときも、作務(さむ)(掃除や農作業)をしているときも、料理を作っているときも、お客様に相対しているときも、お茶を出しているときも禅であると仰っているのです。それを只管打坐(しかんたざ)といいます。総持寺を開かれた瑩山(けいざん) 禅師は、その消息を「飯におうては飯を喫し、茶におうては茶を喫す」とお示しになりました。

ご飯をいただくときは、ただ、ひたすらにご飯をいただきます。

お茶をいただくときは、ただ、ひたすらにお茶をいただきます。

 

さて、弘道学園は、2011年福島正伸先生の「理想の会社を作る研修会」に参加しました。福島先生は、夢の実現を目指す多くの熱き経営者や若い人を応援している人です。たいへん熱い人です。私は、根っからのポジティブ人間なので、すっかりファンになってしまいました。理想の会社とは、会社(学園)の活動全てが、理念に基づいた行動になることで、学園が一体化し、働くことが喜びとなり、共に働く仲間のための仕事を惜しまないチームとなることです。

福島先生が研修の中でこうおっしゃいました。

「日常のあらゆることをなにげなくやらないことです。我が社でコピーを取るときは、『世界を変えるためにコピーを取ってください。』といって、コピーを取るのです。」

 

なにげなくやらない。

 

そうなんです。日常のあらゆることを何気なくやらないこととは、実は、本山の生活と通じることであり、言い換えれば、只管打坐なのだと気づきました。ありとあらゆる決断や行動に理念やポリシィが行き渡っていると軸がぶれなくなります。迷いがなくなります。

 

弘道学園の理念をまとめたのが、「みんながはっぴーに!」です。みんながはっぴーになるために、ゴミを拾うのです。みんながはっぴーになるために、コピーを取るのです。「みんながはっぴー」って、難しく言うと「当願衆生」に通じます。そのことが、腹の底にどんと落ちました。

 

道元禅師の教え、只管打坐とは、すごく簡単に言うと「すべてのことをなにげなくやらない」という事なのだと解釈することが出来るでしょう。

 

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