ペイフォワード

「ペイフォワード 可能の王国」という映画があります。二〇〇〇年に発表されたキャサリン・ライアン・ハイドの小説を原作に、同年ミミ・レーダーが監督しました。
 中学社会科教師シモネット先生は、生徒たちに課題を出します。
「世界を変えるために、実行できるアイディアを考えること。」
主人公の中学生トレーバーは、この課題にこう答えます。
「ここに僕がいます。そして三人の人がいます。僕が彼らを助けます。何か大きなこと。本人では、なかなかできないことをやってあげる。彼らもまた三人ずつ助ける。これで九人。この九人がまた三人ずつ助ける。」
 「ペイ・フォワード」先へ渡せ!
 私たちは、誰かに助けてもらった、その人に恩を返しなさいと教わりました。恩返しです。
 でも、ペイフォワードは、違います。恩をその人に返すのではなく、別の人に渡せというのです。
 原作者のハイドは、このアイディがひらめいた経緯をこう話しています。
 ある時、ハイドは、治安の悪い町を車で通り過ぎようとしていました。運悪くエンストを起こしてしまいます。そこにいかつい男二人が近づいてきます。ハイドは、恐怖心に満たされます。しかし、男たちは、エンストしたハイドの車を快く修理してくれたのです。
 このことから善意を他人へ回すという考えが誕生したと言います。

 善意を先へ。恩を先へというとこのお話を思い出します。
 昔、あるお寺のご住職からお聞きしたお話です。
 今から六〇年ほど前そのご住職は、京都のある仏教系の大学で学んでいました。戦後の復興途上であったので、まだ豊かではありません。教科書やノートを買うお金がありませんでした。その姿を見ていた大学の先生が、お金を貸してくれたのです。学生は、大変感謝し、「必ずお返しします。」と約束しました。
 それから何年か経ちました。その先生は、宗派の官長になり南方で戦死した人たちの遺骨収集に力を注いでいました。お寺の住職となった学生は、恩返しができると思い、遺骨収集団に参加しました。ようやくお金を返すことができると思ったのです。
「老師!学生の頃お借りしたお金です。お返しします。その節はありがとうございました。」
すると老師は、一喝しました。
「バカ野郎!なんで、ワシに返すんだ。それを他の困っている人に渡せ!」
この老師は、昭和の禅僧山田無文老師でした。

 ペイフォワードですね。

 実は、当初は、ここでまとめる予定でした。が、ペイフォワードを調べているうちに、大切なことを学ぶことができました。
 日本には、古来からペイフォワードと同じことが行われ、かなり一般化していたのです。それを「恩送り」と言います。
 私は、かなり以前から、ペイフォワードを言い表すいい日本語がないか、考えていました。恩返し、恩を先へ、報恩。どうもしっくりいきません。

 「恩送り」。しっくりきます。

この恩送り、歌舞伎や人形浄瑠璃で有名な「菅原伝授手習鑑」に
「利口な奴、立派な奴、健気な八つや九つで、親に代わって恩送り・・・」と出てきます。
 恩送りとは、誰かから受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の人に送ることです。(ウキペディア)

 江戸時代の庶民の間では、恩送りということが、隅々まで行きわたっていたとNHK教育「福祉ネットワーク」という番組で井上ひさしさんが言っていました。
 明治生まれの人には、江戸の心がつながっていました。日本人の中に、恩送りは、当たり前になっていたのではないでしょうか?
 だから、山田無文老師にとっては、当然のことと叱ったのだと思います。

 恩返しは、なかなかできません。しかし、恩送りならばできるのではないでしょうか?

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