秩父札所十三番住職 南泉和尚

南泉和尚のブログ

お仏壇の拝み方

2021年10月12日

今回のテーマは、お墓や仏壇のお参りの仕方、供養の仕方です。

仏壇というのは、それぞれのお寺のご本堂が小さくなって家にお祀りしているものです。

ですから、御堂には中心になる仏様がいらっしゃいます。

それぞれの御仏壇にも、何かしら御本尊様がお祀りされているはずです。

宗旨・宗派によって、それがお釈迦様や弘法大師、日蓮さまやお地蔵さんなどいろいろですが、基本的には同じで、真ん中には仏様をお祀りしています。

 

そして、その両脇にお位牌がお祀りされています。

慈眼寺では、お坊さんのお位牌と、お檀家さんのお位牌がお祀りされています。

皆さんの御仏壇も、お寺によっては違いますけれども、お仏壇の形としては御本堂、慈眼寺の観音堂がガッと小さくなっているものが、それぞれのお家にお祀りされているというふうにご理解ください。

 

ですから、「何をどうすればいいんでしょうか?」と迷ったときは、お寺さんにお参りに行ったときに何がお供えしてあったかということを思い出していただくと、分かりやすいのです。

慈眼寺では、正面に観音様がいらっしゃって、その両脇にお花、そしてその両脇にろうそくがあります。

そしてお茶と砂糖のお湯、「蜜湯」と言いますけれども、そういうものがお供えしてあります。

それから生の果物や乾いたお菓子がお供えしてあるわけです。

 

大体そのようなルールがありますけれども、これは基本ですから、「俺は違う」と言っても結構です。

例えば、私たちは曹洞宗ですけれども、曹洞宗でも大本山永平寺、大本山總持寺それぞれのやり方があります。

お供えの仕方、また法要のやり方は、永平寺さんと總持寺さんでは微妙に違うのです。

それらを私たちは学んでくるわけです。

 

そして田舎に帰ってくるわけですが、ここでもまた「山規山法(サンキサンポウ)だから」と言われます。

「山規(サンキ)」というのは山、つまりお寺の規則です。

ここは總持寺さんと同じ法要のやり方はできません。

慈眼寺には畳は17畳半しかありませんが、向こうは千畳もあるのです。

千畳のやり方を17畳半でやるのは無理な話なので、その場その場に合ったやり方でお勤めしましょうというのが、山規山法です。

そして、その時の御住職のやり方というのもあるわけで、それはそれでいいのです。

 

そう考えると、基本はこうだけれども、御仏壇をお祀りするときにこれと同じにしなければ罰が当たるなどということはないのです。

基本は「私のやり方」でいいのです。

そこで「これが正しいんじゃないか」「これは正しくないんじゃないか」などということは考えない、こちらの方が大事です。

 

正しいこととか正しくないことは誰が決めるのでしょうか?

そのようなことに囚われないということが大事なのです。

基本はこれだけれども、今日はスイカが真ん中にドン!ときたら、ほかのものが載らないのですから、できないではありませんか(笑)。

それでいいのです。

 

ろうそくを供えて、お花を供えて、果物や食べるものを供えて、真ん中にはお食事を供えるときもありますが、あとはお線香とお水を供えます。

なぜそうなったのかというと、昔、狩猟民族から農耕民族になっていって、宗教心というものが芽生えていきました。

そして、収穫ができたら「じゃあ神にお供えしましょう」ということになっていったわけです。

 

やはりインドでも、お釈迦様の時代はそういう古い宗教の在り方として、生き物をお供えするということがあったわけです。

いわゆる収穫には、農作物だけではなく動物もお供えするということがありました。

それを見ていたお釈迦様が「神様がいてそこにお供えをしているのに、血がしたたっている。それは良くない」と言いました。

それで「そういうものではない、お燈明やろうそく、お花、そして果物や乾いたものなどを神様や仏様にお供えしましょう」というふうにお釈迦様が変えられて、今のような形になったのだそうです。

 

ですから、もし食べ物をお供えするとしたら、お釈迦様が「こうじゃないようにした方がいいよ」と言ったことは素直に受けていただいて、生のものではなくて、煮物など、それからご飯やお味噌汁をお供えしていただきたいのです。

 

お供えしたら、今度は大体お線香をつけるではありませんか。

よく「お線香って何本立てればいいんですか?」という質問があります。

これも基本はあるのですけれども、あなた流でいいのです。

右手でつけるとか左手でつけるとか、そのようなことは聞いたこともありません。

ただ、「口で消してはいけません」というのは、これは仏様に息を吹きかけないという意味があるのです。

 

お線香を3本立てるとき、両端に2本立てますが、これを「迎え線香」と言ったりします。

迎え線香を立てるという所もあれば、立てないという所もあります。

これも場所によって違いますから、特にご自宅であれば気にしなくてもいいのです。

このようにして香りの高いものをお供えするわけです。

 

朝、お仏壇にお茶やご飯、お味噌汁などをお供えするなら、湯気がパッと立つということが大事です。

そして少し手を合わせていただいて、できたらお経をお唱えください。

お経をお唱えいただくということがなかなか難しければ、りんを鳴らして手を合わせてください。

これを3回しましたら、そのお供えは下げてしまいます。

特にご飯もの、朝お供えしたご飯やお茶などは下げて、それを食べるわけです。

 

果物などはお寺の場合はすぐ下げませんけれども、皆さんがもしご自宅で朝何かしらお供えをしたら、それを下げて食べてください。

ずっと夕方まで置いておいて、ポイッと捨てるようなことはしません。

ほんの少しでいいので、湯気がパッと出たら、あとはただ手を合わせて念じていただければいいのです。

 

「こうしてください、ああしてください」ではなく、「南無観世音菩薩」「南無釈迦牟尼仏」でいいのです。

ご先祖様がお祀りされていると思うので、もしお戒名があったら、その戒名を読み上げるというのでもいいし、自分ができることをしていただければ、それが供養なのです。