秩父札所十三番住職 南泉和尚

禅のことば

靴をそろえ いすをしまう

靴を揃え、椅子をしまう、是が躾の三原則の三つ目だ。     一見、別々に思えるが、靴を揃えることと椅子をしまうことは、同じ事なのだ。必ず自分の後ろを振り返ること、やりっ放しにしないことの教えだ。 意識 […]

なにげなくやならい

禅宗本山の生活では、日常のあらゆる行いにお経を唱えます。例えば、お風呂に入る前は、「沐浴身体(もくよくしんたい)当願衆生(とうがんしゅじょう) 心身無垢(しんじんむく) 内外光潔(ないげこうけつ)(入浴するときは、多くの […]

人は他人しか幸せにできない

自分以外の人を幸せにするために、 自分が何をできるかを考えて行動してみる。 自分のことをまず手放そう。   「人は他人しか幸せにできない」   以前出会った西尾さんから学びました。 お釈迦様も同じこと […]

人と逢う

曹洞宗の開祖道元禅師は、教えを求めて人に逢いに行きました。 日本では、師と呼べる人と出逢うことがありませんでした。 ついに、中国に渡ってまで人との出逢いを求めました。 ようやく、師と仰ぐ人と出逢いました。   […]

雨でも石に穴を開ける

奈良時代の僧、明詮法師は、10歳の時、奈良の元興寺に入りました。 ところが、意欲はあるのですが、なかなか理解ができず、先輩僧からは馬鹿にされていました。 さらに、明詮は、飽きっぽいため、辛い修行も最後まで辛抱できそうもあ […]

迷いの時には

どんな立場の人でも迷いはあります。 迷っていることを恥じてしまう自分がいますが、そうでは、ないようです。   「迷を大悟するは、諸仏なり。悟を大迷するは、衆生なり。」   道元禅師の言葉です。 迷って […]

さらに一歩進む

「百尺竿頭進一歩」(ひゃくしゃくかんとうにいっぽをすすむ)があります。 百尺とは、長さ。およそ30mほどの長さです。 竿は、物干しなどに使う、さおです。30mほどの竿の先にいても、さらに一歩を進めよ、ということです。 具 […]

明珠在掌(みょうじゅざいしょう)

明珠在掌(みょうじゅざいしょう)という言葉があります 明珠とは仏性をいいます 仏性とは、だれもが生まれながらに持っている仏の心です 仏性は、外にあるのではなく 手のひらにすでにあるのだということを この言葉は言っています […]

足もとを見つめる

外に、ばかり目が行き、自分の足元を観ないことがあります。 問題の解決策は、自分が持っているのにも関わらず、 外ばかり眼が生き、遠回りしてしまいます。 まずは、自分をしっかり見つめる。 足元を照らし続けることです。 脚下を […]

拈華微笑

禅の言葉に 「拈華微笑(ねんげみしょう)」 という言葉があります。 ブッダが、法を説くため、 弟子たちを霊鷲山に集めました。 ブッダは、一輪の花を持ってただ立っていました。 何も語りません。 弟子たちは、何だ?どうしたん […]