緩すぎず張りすぎず

お釈迦様の弟子にソーナと言う琴の名手がいました。

一心に修行に励み悟りの境地を体得しようと精進を重ねていました。

でもどうしても悟ることができません。

ソーナは、ますます修行に励みました。

そんなソーナを見たお釈迦様は、ソーナに言いました。

「ソーナよ。張りすぎた琴の弦は、いい音を奏でるかい?」

「いいえ。お釈迦様。張りすぎた弦は、いい音を奏でることはありません。」

「それでは、ソーナよ。緩すぎる琴の弦は、どうだろう?」

「はい、お釈迦様。緩すぎる琴の弦も、いい音を奏でることはありません。」

「最後にソーナよ。張りすぎず、緩すぎず、ちょうどいい具合に張られた琴の弦は、いい音を奏でることが、できるだろうか?」

「はい、お釈迦様。張りすぎず、緩すぎず、ちょうどいい具合に張られた弦は、いい音を奏でることができます。」

「ソーナよ、修行もそうなのだ。張りすぎず緩すぎず、中道を保ち続けることが、大切なのだ。そのように、励みなさい。」

 

人生も同じです。

仕事も同じです。

毎日も同じです。

 

張りすぎず緩すぎないことが肝要です。

はっぴーな言葉

お釈迦様は言いました。

一度発した言葉は、戻すことができない。

一度発した言葉は、すべて自分に返ってくる。

愚痴を言っても、何も解決しないのです。

愚痴を言うのをやめるのです。

それだけで一日をハッピーにすることができます。

そして時はあっという間に流れてしまいます。

愚痴ではなく優しく分かりやすい

前向きな、いい言葉を使うのです。

自燈明

お釈迦様は

自らの死期に気づき「余命は、3か月だ」と弟子たちに告げました

 

ずっとそばについていたアーナンダは

大きなショックを受けました

アーナンダは、まだ悟りを開くことができていなかったのです

 

お釈迦様が、生きている間になんとか悟りを開きたい、そう強く願いしました

 

ある時お釈迦様にアーナンダは、問いました

「お釈迦様、私はこれまで御傍にいて、お釈迦様を頼りに生きてきました

お釈迦様亡き後、何を頼りに生きていけばいいのでしょうか?」

 

お釈迦様は答えました。

「自らの灯を頼りに生きていきなさい」

 

お釈迦様の教えは

自分の中にある灯を見つけ

自分の灯を頼りに生きていくことです

 

自分の灯を残すことなく使い切りたいものです

知足

知足って

足ることを知るというけど

 

まだ足りていないなあ

未熟だなあと

思い知ることでもあると

気づいた

諸行無常

「一切の形作られたものは無常である」と

明らかな智慧(般若)をもって観るときに

ひとは苦から離れる。

これが清浄への道である。

 

「一切の形作られたものは苦である」と

明らかな智慧をもって観るときに

ひとは苦から厭い離れる。

これが清浄への道である。

 

「一切の事物は無我である」と

明らかな智慧をもって観るときに、

ひとは苦から厭い離れる。

これが清浄への道である。

 

ダンマパダ277