今いる場所

今うまくいっていないことを

場所や環境のせいにしたくなるものです。

私もそうでした。

 

でも違うのです。

今いる場所を最高の場所にすることができるのは、

自分自身なんです。

場所や環境を変えても

自分が変わらなければ

何も変わりません。

 

場所や環境のせいにしないことです。

 

今いる場所を

最高の場所にすると決めて

動けばいいのです

放てば手にみてり

「放てば手にみてり」

 

道元禅師もお示しになっています。

過去にしがみついていると手でつかむ事ができません。

自らのステージが変わるときは、

まず、手放すことです。

 

手放してしまえば、天地一杯の宇宙に満たされます。

壊れるタイミング

不思議なものです。

どうしても捨てられなくて、取っておいたコンピューターのデータがありました。これからやることには、あきらかに不必要。

でもなぜか、ごみ箱にいれることができないのです。

そんな時ハードディスクが壊れ、アクセスできなくなりました。

いつまでも過去にこだわっていたら前に進めないよ、と観音様が背中を押してくれたのです。

壊れるタイミングも寸分も早すぎず、寸分も遅すぎず、なんですね。

脚下を照顧せよ

脚下を照顧せよ。

有名な禅の言葉です。

脚下照顧といいます。

足元を整えることをいいます。

具体的には、履物をそろえることです。

しかし、もっと深く自分自信を照らすことでもあります。

宝物のありかと遠くの山に見つけに行ってしまいますが、本当の宝物は、自分自身の足元にあるものです。

 

宝物という幸せの種は自分の足元にあるのです。

自燈明

お釈迦様は

自らの死期に気づき「余命は、3か月だ」と弟子たちに告げました

 

ずっとそばについていたアーナンダは

大きなショックを受けました

アーナンダは、まだ悟りを開くことができていなかったのです

 

お釈迦様が、生きている間になんとか悟りを開きたい、そう強く願いしました

 

ある時お釈迦様にアーナンダは、問いました

「お釈迦様、私はこれまで御傍にいて、お釈迦様を頼りに生きてきました

お釈迦様亡き後、何を頼りに生きていけばいいのでしょうか?」

 

お釈迦様は答えました。

「自らの灯を頼りに生きていきなさい」

 

お釈迦様の教えは

自分の中にある灯を見つけ

自分の灯を頼りに生きていくことです

 

自分の灯を残すことなく使い切りたいものです

ぼやきたくなるときは

ついつい

ぼやきたくなる時もあります

 

でもぼやいたところで

なんにもならないんだよね

 

ぼやいても

ことは解決しないよ

 

だったら

ぼやかずに前に進もう

 

大きく、息を吸って

心を鎮めよう

 

ぼやきは、心に波が起きている証

心の波を静かにすればいいんだ

 

心のぼやはきえちゃうよ

毎日ハッピーだなあ?!

毎日ハッピーだなあ

と感じることができるから

毎日ハッピーなんですよ

 

結局どんな生き方をしていても

毎日をハッピーに感じてしまうことができさえすればいいんだ

 

お金があってもなくても

仕事があってもなくても

病気であってもなくても

毎日ハッピーだなあと感じることができれば

毎日ハッピーなんです

 

そんな生き方をしていると

仏様が応援してくれる

そんな気がします

人は必ず出会う

「人は出会うべき人に必ず出会う。

それも寸分も早すぎず

寸分も遅すぎず」

 

森信三先生の言葉です。

人と出会うことだけでなくあらゆることは常にベストなタイミングで顕れています。

それを受け取ることができるアンテナが立っているかどうかです。

目の前に顕れているけれども気づかななければ、

活かすことはできません。

 

出会いを活かす生き方をしたいものです。

煩悩を抑える

苦しみの根源

仏教で言う煩悩(むさぼり・いかり・おろかさ 貪瞋痴)をコントロールし

平常心をもたらすのは

脳内物質セロトニンの働きだという

 

ドーパミンやオキシドシンという脳内ホルモンが

バランスよく分泌されていることが大切だという

 

仏教も脳科学で解説できることに感動

 

仏教は深いなあ